Thursday, December 1, 2011

JITCO ベトナムにおける最新ビジネス事情



JETRO 海外調査部アジア大洋州課 

古賀健司

はじめ


私は、2010 年8月から2011 年7月末まで、社内の研修プログラムの一環としてベトナム語を習得するべく、ベトナム中部ダナンのダナン大学でベトナム語を学ぶとともに、ホームステイやボランティアを通してベトナムの文化、社会に触れてきました。

近年、ベトナムでのビジネスに関する関心が非常に高くなっておりますが、今回は、読者の皆様にベトナムの最新事情について理解して頂くため、私がベトナムで実際に経験してきたことを交えながら、ベトナム経済を理解するためのキーワードを紹介したいと思います。


ベトナム経済一般状況

各種メディアでも取り上げられている通り、現在ベトナムは著しい発展をしております。2010 年のベトナム経済は、実質GDP 成長率が前年を上回る6.8%となり、世界金融危機による景気減速から回復傾向にあります。貿易は、輸出入ともに増加しましたが、2007 年から続く100 億ドル超の貿易赤字は解消せず、外貨準備高も減少が続いています。対内直接投資の認可額は前年から減少したものの、実行額は上回りました。日本からの投資は増加しており、特に最近の傾向として円高、震災の影響もあり、コスト削減を狙った中小企業の進出が目立っています。一方、賃金上昇、労働者不足、電力不足などの課題も顕在化しています。

2006~2010年で平均7%の高い経済成長

2010 年の実質GDP 成長率は6.8%で、前年(5.3%)に比べ1.5ポイント上昇し、2008 年9月以降発生した世界金融危機による景気減速から回復しました。産業別では、特に製造業・建設業(7.7%増)やサービス業(7.5%増)が大きく伸び、経済成長に大きく貢献しました。一人当たりGDPも前年比100ドル増の1,168ドルとなり、所得レベルも着実に向上しています。


堅調な経済成長を裏付けるように、年々都市部の様子も変化し始め、個人の消費意欲が活発に
なってきています。2010年の小売り・サービス売上高は,前年比14.0%増(実質ベース)と堅調な伸びを示し、内需が拡大しています。ハノイ、ホーチミン市の中心部では自動車、バイクの交通量が増加し、最近では高級輸入車が多く見られるようになりました。ハノイ、ホーチミン市内のみならず郊外でもオフィスビル、住宅、マンションや道路、橋梁などの建設ラッシュがみられます。ゴルフ場では、数年前までは利用者のほとんどは外国人でしたが、最近ではベトナム人も多く利用するようになり、また、複数の日本食レストランではベトナム人の1 人当たりの支出が日本人を超えたという声が聞かれます。ベトナムにおいて都市部を中心に「ニューリッチ(新しい富民階層)」が誕生し、急速に増えている状況です。

高いインフレ、マクロ経済の安定に取り込む政府

一方で、ベトナム経済には不安要因が三つあります。一つ目が高いインフレ率です。消費者物価指数(CPI)による上昇率は2010 年12月に前年同月比11.8%増と10%を超えました。2011 年に入り物価はさらに上昇し、7月は前年同月比22.2%増に達しています。2010 年12月末における金融機関から企業、個人への貸出比率を示す信用成長率も前年同月比28.6%増となり、インフレを助長する懸念があります。

二つ目が貿易赤字です。2007 年以降100 億ドル超の貿易赤字が続いており、2011 年1 ~ 5月までの貿易赤字も、前年同期(55 億ドル)を上回り66 億ドルとなっています。2011年3月末時点の外貨準備高は輸入額の約1.4ヶ月分まで減少し、適正水準といわれる3ヶ月分を大きく割り込んでいます。

三つ目がドルに対する通貨ドンの下落です。ベトナム国家銀行は、2010 年2月と8月、2011 年2月にドンの切下げを実施しました。2010 年8月には2.1%切り下げたものの、市場レートは年末に一時1ドル2 万2,000ドンとなり公定レートの1 万9,500ドンとの乖離をみせました。ドン安の大きな原因は貿易赤字によりドル需要が増えていることにあります。貿易赤字が改善しないことにはドンの下落はさらに進み、ドルからドンに交換した場合、通貨流通量がさらに増えインフレを助長する可能性もあります。

そこで、政府はインフレ抑制、マクロ経済の安定、社会保障強化を目的として、金融の引締め、公共工事など財政予算の削減、生産活動と輸出の促進政策を打ち出し、従来の経済成長路線から軌道修正を行いました。


労働賃金の上昇、労働者不足、電力不足などの顕在化



こうした中、ベトナムの投資環境に課題が出始めています。インフレによる賃上げ圧力、労働者不足、そして電力不足です。

労働賃金の上昇について、政府は2011 年10月5日、国内・外資系企業の最低賃金を引き上げる政令を施行しました(表1)。最低賃金の引上げは、2011 年に入って2 回目になります。


その背景には、上述のインフレがあります。特に、2011 年7月の食料品価格は前年同月比32.6%増と上昇が著しく、現地日系企業関係者によると、平均月給が約200 万~300 万ドン(1ドン=約0.004 円)の労働者は、生活が苦しくなっています。こうしたことは、従業員からの賃金引上げ圧力を高め、ストライキの背景となっております。日系企業からは、ストライキを未然に防ぐために、年1 回(通常は毎年1月)の昇給以外に、もう1 回給与を上げた方が良いのでは、という声も出るほどです。特に製造業は最低賃金の上昇を見越し、高めに賃金を設定しているケースが多いのですが(特に地域2、地域3の企業)、中には、ハイフォン市等のように地域指定が地域2 から地域1に変更され、大幅な給与改定を余儀なくされる企業もあります。

労働者不足については、近年の外国企業の相次ぐ進出により、労働者を大量に必要とする製造業者からは、労働者不足を訴えるケースが出てきています。特に都市部では、女性労働者の大量確保が困難となっています。現在、一部メーカーでは、社宅や通勤バスを用意し、労働者の確保に努力しているところです。また、製造業者自身が労働者を確保するため、人口が多い地方都市に進出するケースも出ています。ある日系企業によると、従来言われていたベトナムへの投資の魅力の一つである安価で豊富な労働力というのは、近年は言えなくなってきていると聞きます。その背景として、ベトナム人は家族を非常に大切にするため、地方都市で所得が低くても、農業等で一定の生活が確保されていれば、都市部に出稼ぎに来ないことが挙げられます。

電力不足についても、現地進出日系企業には大きな課題となっております。日系のある工業団地では、2010 年4月ごろから節電や計画停電の要請が始まり、その後も現在まで毎月4~5 回程度の計画停電が実施されています。日系企業の中には停電時に備えて自家発電装置を用意し、自社の工場稼動には問題がない企業もありますが、地場の下請け企業には自家発電装置がないことが多いため、停電の度に部材の供給がストップし、結果的に何も生産できないという事態も聞かれます。工業団地で自家発電装置を保有し、入居企業へ配電できるところもありますが、ベトナム電力公社(EVN)に比べ約2 倍の電気料金となるため、企業側の負担も大きくなります。この原因は急速な電力需要の伸び(毎年15%前後)にがあります。現在、電力供給は水力発電への依存が大きく、降雨量などの季節的要因に左右されてしまう状況にあります。今後は電源をガスや火力の発電などに分散させる供給体制に変えていく必要がありますが、その体制が整うのにあと4 ~ 5年はかかると考えられています。さらに中長期的には、拡大する電力需要に対応するため、ベトナム政府は原子力発電の導入が必要不可欠と考えており、2020 ~ 2021 年の運転開始を目指し、南部ニントゥアン省において原子力発電所の建設計画が進められています。第1 期発電所建設はロシアの国営企業が受注しましたが、ベトナム政府は2010 年10月に行われた日越首脳会談後、第2 期発電所建設のパートナーとして日本を選出したと表明、東日本大震災後も、2011 年10月31日に行われた日越首脳会談において、ベトナムの原子力発電所建設に係る協力に関する日越政府間の文書に署名しております。

日本企業のベトナムへの進出状況

日本企業によるベトナム向け投資は、2008 年の世界金融危機以降大きく落ち込んだものの、2010 年以降は再び増加基調に転じています。2010 年の日本からの直接投資は認可額、件数(新規)ともに大きく伸び、認可額は20 億4,000 万ドル(前年の約15 倍)となりました。日本からの視察も増えており、世界金融危機を経て、日本企業による「ベトナム投資ブーム」の再来ともいえる状況がみられます。その中で、日本の製造業による投資形態に変化がみられます。世界金融危機以前は、1 万平方メートルを超える敷地を賃借し、投資総額は1,000万ドル以上などという規模の投資案件が多くみられました。


一方、最近は、初期投資が比較的少額に抑えられ、また短期間で操業を開始できるレンタル工場の需要が増加しています。具体的には「希望する工場規模は1,000~3,000 平方メートル程度、投資総額は30 万ドル程度」という比較的小規模の案件が多く、中には500 平方メートル規模での進出を検討している企業もあります。その多くは中小企業で、上記の加工組立てメーカーの進出とは関連がなく、海外進出は初めてというケースも少なくありません。進出理由で一番多いのが円高の影響です。ある製造業者は「これまで日本国内でコスト削減努力はしてきたが、さらに円高が進むといくら努力しても限界がある。」といいます。こうした企業の中には、金属加工、鋳造、熱処理、めっき処理など、これまでにはあまり見られなかった業種もあり、裾野産業が脆弱なベトナムでの部品調達環境の改善が期待されます。

なお、東日本大震災の影響についてですが、発生当初は日本から部材を輸入している一部日系製造企業に影響がみられましたが、部品供給元の工場が被災地域にあった企業は在庫で調整し、また調達できない部品は代替企業を探すなど、5月以降、影響はほとんどみられません。食品については、福島第一原子力発電所の事故を受け、3月24日以降、日本からの食品輸入に関して放射能安全証明書の提出が義務付けられていますが、暫定措置として輸入通関時に放射線のサンプル検査を実施するなど、ベトナム当局は柔軟な対応をとっています。ベトナム政府側は基本的に新たな放射能汚染で問題が発生しない限り、日本の農水産品と食品は輸入させる方針です。

ベトナムにおけるビジネスのポイント

最後に、ベトナムでのビジネスについて、特に人材育成という視点から、ポイントを紹介します。

ベトナムでのビジネス成功のため、最も重要と言えるのは人材です。ベトナム人は非常に勤勉で向上心が高く、就業後に大学や語学学校に通学するなど、社会人学生が多いのも特徴です。また、ジェトロが行った人材力調査によると、ベトナム人において、最も期待できる社会人基礎力は「規律性」と言われております。一方で、家族行事を最優先に考えるのが一般的であり、仕事で責任を持つという考え方はあまり浸透していないのが実情です。企業が良い人材をベトナムで獲得するためには、社内での人材育成制度を充実させることが重要です。

現地進出日系企業の人材育成の一例として、能力評価を導入するところ、社長自らが率先した5S の徹底、工員の模範となるような行動を取るところ、工員の会社への帰属意識を高めるため社員旅行や運動会を企画するところ、日本語教師を独自で雇い、日本語と日本文化を学ばせるところなどがあります。

ベトナム人は会社への帰属意識が日本人と比べると低いため、良い人材となった後に転職してしまう可能性がありますので、日頃から密にコミュニケーションをとっておく必要があります。

以上のことが、ベトナムから技能実習生、研修生を受け入れている方々のベトナムへの理解の一助となれば幸いです。




Source: JITCO Kakehashi Journal Dec 2011


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